【15年8月9日探索・10月15日公開】
現在地はここ
旧県道なので、管理者がまだ茨城県と書かれている看板も多い。
この先に踏切がある。
ちょうど警報機が鳴り出した。
ちょうど警報機が鳴り出した。
現在地はここ
キハ130郡山行2両編成が通過していった。
それよりもこの左側に見える跨線橋、もしや・・・
おお!
レール使用の跨線橋だ!
レール使用の跨線橋だ!
この区間は大正11年(1922)に開通しているが今昔マップ・昭和初期の地図には描かれているっぽい(若干位置が一致していないような気もするが)。
開業当時からある橋なら100年近くが経過している事になる。
開業当時からある橋なら100年近くが経過している事になる。
とりあえず近くまで行ってみよう。
右側は石仏が鎮座していた。
こんな歴史がありそうな道を進んでいく。
こんな歴史がありそうな道を進んでいく。
この橋がそうだ。
親柱はあるが、何の情報も書かれていない。
親柱はあるが、何の情報も書かれていない。
渡った先は別の道に抜けられる。
跨線橋から先ほどの踏切を見た。
ちなみにこの踏切、県道指定ははずれたのだが、今でも門井山方線踏切という名前だ。
ちなみにこの踏切、県道指定ははずれたのだが、今でも門井山方線踏切という名前だ。
反対側、野上原駅方向だ。
それにしても、これだけ急な掘割状態だと、横からや下からの画像は難しそうだな・・・
それにしても、これだけ急な掘割状態だと、横からや下からの画像は難しそうだな・・・
やは、そうだった。
横からだってこれが精一杯だった。
横からだってこれが精一杯だった。
もう1本、200mくらい野上原駅方向に跨線橋が地図には描かれているので、そちらも行ってみよう。
(後編につづく)