【15年8月15日探索・10月12日公開】
現在地はここ
「駅前通り」を抜け、本名の集落内の国道旧道に出た。
既に国道指定は外れているようだったが、ミニおにぎりがガードレールに貼り付いていた。
既に国道指定は外れているようだったが、ミニおにぎりがガードレールに貼り付いていた。
郵便局近くに代行バス停留所があると聞いていたのだが、すぐには見つからなかった。
それは・・・
それは・・・
この正面の道が駅前通りで、私はこの道を通り、左折(画像では右側)し、1枚目の画像の場所に出たのだが、何の事はない、その角の商店の軒先が代行バスのバス停だった。
旧道の西谷橋は落とされており、現道の方を通るしか選択肢はなかった。
なので、現道を進んでいく。
なので、現道を進んでいく。
橋の先で旧道が合流し、あとは会津川口駅を目指して進む。
歴史ある道であるので、沿道には石仏が多く鎮座していた。
歴史ある道であるので、沿道には石仏が多く鎮座していた。
先の看板に書かれていたのは「ほどうおわり」だ。
この先、峠越えの歩行者はほとんどいないのだろう。このレポで最後の登りになる。
この先、峠越えの歩行者はほとんどいないのだろう。このレポで最後の登りになる。
ふと左を見ると、第五只見川橋梁が見えた。
この橋梁は下路トラス部分は流出を免れたが・・・
この橋梁は下路トラス部分は流出を免れたが・・・
ガーダー部分が流出してしまっていた。
Wikipediaには線路が宙吊りになったままだと書かれていたが、それも撤去されたようで、1連分は何もない状態になっていた。
Wikipediaには線路が宙吊りになったままだと書かれていたが、それも撤去されたようで、1連分は何もない状態になっていた。
本レポ最後の峠には、旧道らしき道があった。
この画像は旧道から振り返って撮影した。左のガードレールが現道だ。
この画像は旧道から振り返って撮影した。左のガードレールが現道だ。
旧道は川に近すぎてカーブも多く危ないので、現道を造ったのだろうか。
その割には廃道ではないようだ。電線が通っているので、その保守用か?
その割には廃道ではないようだ。電線が通っているので、その保守用か?
そんな旧道から下を覗く。
この藪が線路のはずなのだが、まったくわからない。
この藪が線路のはずなのだが、まったくわからない。
旧道はすぐ現道に合流し、下りに入る。
右に見えてきたのが会津バスの営業所だ。
ちょうどその前に代行バスの「川口高校前」バス停があるのだが、同じ場所にあるのに会津バスが「川口車庫」で町営バスが「川口保育所前」だ。
わかっていればどうという事はないのだが、何か一体感のなさを感じてしまう。
ちょうどその前に代行バスの「川口高校前」バス停があるのだが、同じ場所にあるのに会津バスが「川口車庫」で町営バスが「川口保育所前」だ。
わかっていればどうという事はないのだが、何か一体感のなさを感じてしまう。
現在地はここ
右が現道の川口トンネルだ。延長206m、竣工は平成2年(1990)10月だ。
左はそれ以前の国道という事になる。
左はそれ以前の国道という事になる。
私は初めて通る道に旧道らしき道があれば、よほど急いででもいない限り旧道を通る。
今回も左側の旧道を選んだ。そして、その左側に見えてきたのは・・・
線路上に何か幟のようなものが立てられている事を発見した。
よく見るとそこには「とまれ」と書かれていた。
よく見るとそこには「とまれ」と書かれていた。
という事は・・・
1枚前の画像は只見方向を見て撮影したのだが、これは会津川口駅方向を見て撮影したものだ。
線路の光沢は認められなかったのだが・・・
線路の光沢は認められなかったのだが・・・
ほぼ同じ場所でズームアップしたところ、会津川口駅構内進入の信号機が点灯していた。
赤信号ではあったのだが、線路が「生きている」区間になったようだ。
赤信号ではあったのだが、線路が「生きている」区間になったようだ。
(その15・最終回につづく)