【14年6月29日探索・8月25日公開】
現在地はここ
今私は笛吹川右岸(地図では川の左側)にいる。
林鉄跡はこのあたりではずっと左岸(地図では川の右側)を走っており、私もずっと左岸を辿ってきたのだが、前回最後の画像からの約3km区間には遺構と呼べるようなものを発見できず、記事上では思い切ってここからの再開とする。
林鉄跡はこのあたりではずっと左岸(地図では川の右側)を走っており、私もずっと左岸を辿ってきたのだが、前回最後の画像からの約3km区間には遺構と呼べるようなものを発見できず、記事上では思い切ってここからの再開とする。
こちら側に渡ってきたのは、スポーツドリンクの補充のためだったのだが、この道、国道140号線の旧道であるようで、何やら古びた標識や看板が残されていた。
この「注意 CAUTION」標識は今でもたまに見かけるが、朽ちた白看(目的地案内は乾徳山と川浦?)や「肩組むな あぶない車の通る道」といった現代ではやや意味不明の標語の看板は珍しかった。
現在地はこの辺(中心地)
左岸(地図では川の右)に戻ってきた。
ここは舗装路だがこの社宅のような所の先が林鉄跡のはずなのだが・・・
ここは舗装路だがこの社宅のような所の先が林鉄跡のはずなのだが・・・
先にゲートが見えて来た。
せっかく再開したのに、これでもう終わりか??
せっかく再開したのに、これでもう終わりか??
ゲートは野生動物の通過防止用だった。
なので、私が通過した後に、また慎重に扉を閉めれば大丈夫だった。
よかった。
なので、私が通過した後に、また慎重に扉を閉めれば大丈夫だった。
よかった。
お!!
いよいよ雰囲気が増してきた。
現在地はここ(中心地)
沢があった。そしてそこには橋が架かっていた。
一応、どんな造りかを見てみよう。
一応、どんな造りかを見てみよう。
下は鉄パイプ製??
いや、ちょっと待て!!
これは・・・
これは・・・
鉄パイプで補強されまくっていて、満身創痍な状態だが、これこそ林鉄の木橋が現存しているとみて間違いないと思う。
石垣の橋台もまだ健在で、そこに乗っている縦方向の木の桁と枕木方向の部材が、おそらく往時のままであろう。
私のテンションは明らかに上がった。
私のテンションは明らかに上がった。
補強が無ければすでに崩落しているであろう木橋だが、もうそんなに長い時間この形状を留めている事は無いと思う。
見たい方は早めの訪問をお勧めする。
見たい方は早めの訪問をお勧めする。
では渡橋しよう。
これだけ補強してあっても、部材部分の土被りは2箇所ほど欠落している。
元々は機関車が入線していたはずの路線だったが、現在もし重量制限を課すとすれば0.1tがせいぜいかも・・・
元々は機関車が入線していたはずの路線だったが、現在もし重量制限を課すとすれば0.1tがせいぜいかも・・・
(その5へつづく)