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Channel: 埼玉発 おとなの小探険
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埼玉県秩父市 倉明トンネルの先・リベンジ編(その6・最終回)

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【14年5月4日探索・7月29日公開】

http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-3b-a6/takaratta_1152/folder/1619027/40/54444140/img_0?1406468550

現在地はここ
ここからゴール地点となる倉明トンネル坑口までは残り250mといったところか。




http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-3b-a6/takaratta_1152/folder/1619027/40/54444140/img_1?1406468550

最後のカーブ地点の路肩にあったものは・・・




http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-3b-a6/takaratta_1152/folder/1619027/40/54444140/img_2?1406468550

5月になってもなお残っていたのは、2月の大雪の名残の残雪だった。
フェンスの損傷具合からすると、大なり小なり雪崩が発生した可能性は高いが、2ヵ月半も経った、夏日を観測する時期になってもまだ雪が残っていた事には少なからず驚いた。




http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-3b-a6/takaratta_1152/folder/1619027/40/54444140/img_3?1406468550

倉明トンネル坑口が見えてきた。




http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-3b-a6/takaratta_1152/folder/1619027/40/54444140/img_4?1406468550

少し角度を変えて、倉明トンネルと原石搬出トンネルのツーショットだ。




http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-3b-a6/takaratta_1152/folder/1619027/40/54444140/img_5?1406468550

トンネルすぐ手前に沢があった。この画像は沢を見下ろして撮影した。
名を長谷沢というが、この沢一帯も芋平沢同様にダム建設残土処分地になり、水害のリスクと引き換えに思いっきり人工的な見栄えになってしまった。




http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-3b-a6/takaratta_1152/folder/1619027/40/54444140/img_6?1406468550

ほぼ同じ場所で沢の上流を撮影したのがこの画像になる。




http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-3b-a6/takaratta_1152/folder/1619027/40/54444140/img_7?1406468550

原石搬出トンネル切返し場?を真横から見た。
岩と一体になった建造物が何とも言えない威圧感を放っていた。




http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-3b-a6/takaratta_1152/folder/1619027/40/54444140/img_8?1406468550

現在地はここ

倉明トンネル坑口に着いた。ここが探索のゴール地点になる。

このトンネル、1982年10月竣功である事は過去に述べたかと思うが、ここで素朴な疑問が生じた。
原石の搬出開始が2001年5月なので、トンネル完成から原石搬出までに18年半もかかっている事になるのと、途中の桟橋の竣功(あくまで塗装記録による推定だが)までも18年かかっている事になる。

この明快な答えはまだ見つけていないが、2つ考えられる事がある。ひとつは下部施設(原石搬出トンネル)のみ先に造ったという事だ。ただそれにしても、18年は時間がかかりすぎであろう。
となると、やはり、120戸にも及んだ水没住居等の補償が長引き、トンネルだけがポツンと完成したものの、それより先の工事が進められなかったと考えるのが妥当だろう。

ここからトンネルに入れれば、延長800mそこそこなので徒歩でも10分程度で反対側に抜けられるのだが、現実はそう甘くなく、また来た道を戻り、山下り、芋平沢沿いの階段を下りてようやく半地側坑口前に戻ったのはここを出発してから1時間24分後だった。

(おわり)

  

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