【13年6月23日探索・7月4日公開】
現在地はこの辺
全体図ではこの辺
現道と距離が合わないキロポストは大変気にはなったが、それはまた今後の宿題にしよう。
昭和21年応急修正版5万分の1地形図「富士山」を見る限りそろそろ終点であり、それは林道を外れて少し入った場所であるようだった。
それ以前、昭和4年版あたりではもう少し奥まで軌道はあったように描かれていたが。
それ以前、昭和4年版あたりではもう少し奥まで軌道はあったように描かれていたが。
左側、何かあるぞ!
樹形の跡だろうか?
山梨県教育庁と日本洞窟学会の名の「記念物重要資料28」のプレートが付いていた。
なぜこのあたりだけ、簡易バリケードが置かれているのだろうか?
このあたりのどこかで軌道跡は左に逸れていたはずなのだが・・・
簡易バリケード地帯は100m以上にわたって続いた。
林道はこの先を右に曲がっていくので、富士林用軌道とは関係ないようだ。
この画像のちょっと先で左に入ってみたが・・・
まったく、ただの原生林だった。
何だか、青木ヶ原樹海にも似た雰囲気だな。
しかも、こんな穴ぼこが無数にあったりもする。
時刻は既に16時を回っており、これ以上暗くなると足元が本当に危ない。
不意にこんな所に落ちたら良くても捻挫くらいはするだろう。
そうなるとビバークになるが、こんな人里離れたクマ生息地帯での夜明かしなど避けたかった。
時刻は既に16時を回っており、これ以上暗くなると足元が本当に危ない。
不意にこんな所に落ちたら良くても捻挫くらいはするだろう。
そうなるとビバークになるが、こんな人里離れたクマ生息地帯での夜明かしなど避けたかった。
という訳でいったん林道に戻り、もう1箇所だけ、気になっていた3枚上の画像のバリケード地点から樹林に入ってみる。
すると、こちらはシングルトラックの道が続いていた。
ここが軌道跡であった可能性は60%といったところか。
しかしながら周囲の穴ぼこだらけの場所に比べ、この「道路」は軌道跡を思わせるに充分な踏みしめられたような跡を感じ取る事ができた。
もし今来た道が軌道跡だったならば、このあたりが地図上の終点のあたりになる。
標高は1650m付近だ。
標高は1650m付近だ。
遺構は少なかったものの、富士山関連で何か変わった角度の記事を書きたかったのと、ウェブ1番乗りになったので、まあよしとしようか。
(おわり・ここまでお付き合いありがとうございました)