【18年7月1日探索・7月30日公開】
現在地はこの辺
私は水路を進んだ。
水はほとんど流れていないのだが、苔があって、かなり滑る。
しかもこの先、水路は1mほどの落差があるので、左に迂回した。この先は藪漕ぎになった。
水はほとんど流れていないのだが、苔があって、かなり滑る。
しかもこの先、水路は1mほどの落差があるので、左に迂回した。この先は藪漕ぎになった。
藪だけの画像を何枚か撮影したが、見ていて面白くないと思うので割愛する。
この時期に、ここを訪れる人は相当少ないのか? と思いながら進んでいくと、やがて先の方が開けてきた。
この時期に、ここを訪れる人は相当少ないのか? と思いながら進んでいくと、やがて先の方が開けてきた。
そこから進む事約20m、そして左を向くと、目的の物が見えてきた。
旧・東海道本線石部トンネル、明治22年(1889)開通、昭和19年(1944)まで使用(その後道路トンネルとしても使用)されたものだ。
旧・東海道本線石部トンネル、明治22年(1889)開通、昭和19年(1944)まで使用(その後道路トンネルとしても使用)されたものだ。
このトンネルについては、私がいまさらヘタな説明をしても仕方ないので、詳しくはWiki先生へ。
現在地はこの辺
旧・上り線へは割と苦労なくたどり着くことができた。
煉瓦の坑口部分は崩れかけている。
煉瓦の坑口部分は崩れかけている。
元は5重の巻立てだったのか。本線中の本線、東海道本線のトンネルだったのだから当然か。それでも、こうして崩れてしまった。
坑口近くにはコンテナが並べられている。
10年ほど前まではここに住人がいたらしく、その住人が残したものであるっぽい。
10年ほど前まではここに住人がいたらしく、その住人が残したものであるっぽい。
先に進んでいこう。とは言っても、先の方で崩落してるっぽいのが見える。
途中では待避坑もあった。
そして、50mほど進んだろうか。
上り線トンネルは崩落、いや、おそらくは人工的に埋められていた。
この先には現役の東海道本線があるはずだ。
上り線トンネルは崩落、いや、おそらくは人工的に埋められていた。
この先には現役の東海道本線があるはずだ。
ここで入口方向を振り返る。
・・・このトンネル、私のブログのTOPに使っている画像に似ているな。
・・・このトンネル、私のブログのTOPに使っている画像に似ているな。
そりゃあまあそうか。元は同じ東海道本線だからな・・・
崩れかけの坑口を内部から撮影した。
こんな形状で残っているにも珍しいと言える。
こんな形状で残っているにも珍しいと言える。
わき目も振らずに上り線側に入ったのだが、当然、海側には旧・下り線がある。
下り線側、もう少し長かったはずだが、手前部分が崩落してしまったようだ。
その残骸がこれであるようだ。
そんな地形に造ったものが崩落したという事は、坑口手前の路面がない。
信用していいかどうかが不明の足掛けが設置されているのだが・・・
信用していいかどうかが不明の足掛けが設置されているのだが・・・
滑落の恐怖があり、あと2mがどうしても進めなかった。
もし滑落してしまった場合、助けが来るのはいつになるかわからないので、下り線の内部潜入はあきらめた。
もし滑落してしまった場合、助けが来るのはいつになるかわからないので、下り線の内部潜入はあきらめた。
(その9へつづく)