【16年5月1日探索・5月20日公開】
現在地はこの辺
平成10年度竣工起点の標柱が建っていた。
そして、これが最後の標柱だった。つまり、林道小岩線は昭和末期か平成元年から平成10年度まで、10年余りの歳月を費やして延伸した事になる。
そして、これが最後の標柱だった。つまり、林道小岩線は昭和末期か平成元年から平成10年度まで、10年余りの歳月を費やして延伸した事になる。
急に開けた場所になった。
さらに100mほど進んでみると、この先が林道終点である事が見て取れた。
現在地はここ
終点の場所はかなり広くなっていた。
そしてこの広場には3.2kmのキロポストがあった。
そしてこの広場には3.2kmのキロポストがあった。
それにしても、東京都が10年もかけてここまで延伸してきたワケだが、特に何もないこの場所が終点なのはなぜなのだろうか?
元々はどこかに通り抜けが出来る計画だったとか??
元々はどこかに通り抜けが出来る計画だったとか??
終点から振り返った。
この終点付近は元々あったであろう木がきれいに伐採されており、その分景色はよさそうだった。
ここで、左を見る。
この終点付近は元々あったであろう木がきれいに伐採されており、その分景色はよさそうだった。
ここで、左を見る。
景色がいいといってもまあこんなものだが・・・
ズームアップした。
私が今いる標高約800m地点よりも、ほんの少しだけ下に見えるのがこの天空集落だ。
都道205号線の向こう側、尾根通集落か湯久保集落だと思われる。
私が今いる標高約800m地点よりも、ほんの少しだけ下に見えるのがこの天空集落だ。
都道205号線の向こう側、尾根通集落か湯久保集落だと思われる。
ところで、この連載は林道の紹介ではない。
林道小岩線を上ってくる中でスキー場の予想地点を探してきたのだが、やっぱりあそこしかないな。
林道小岩線を上ってくる中でスキー場の予想地点を探してきたのだが、やっぱりあそこしかないな。
現在地はここ
この一帯だけが、比較的緩やかに感じていた。
この階段を上って、浅間尾根の方に行ってみよう。
この階段を上って、浅間尾根の方に行ってみよう。
スキー場の痕跡探しなのだが、施設は残っていないものと思われるので、地形からの推定くらいしか出来ないだろう。
このあたり、標高は800mくらいだが、元々雪の多い場所ではないので、ゲレンデは当然北側斜面だろう。
林道から見てきた限り、この場所以外はかなり急な崖という印象だった。
このあたり、標高は800mくらいだが、元々雪の多い場所ではないので、ゲレンデは当然北側斜面だろう。
林道から見てきた限り、この場所以外はかなり急な崖という印象だった。
現在地はこの辺
消去法という、あまり説得力のない方法によるものだが、とりあえずこの周辺をスキー場跡の推定地点としたい。
昭和28年ごろにスキー場が出来たという事だが、雪不足のため1シーズンか2シーズンで閉鎖されたらしい。
昭和28年ごろにスキー場が出来たという事だが、雪不足のため1シーズンか2シーズンで閉鎖されたらしい。
この案件は、情報があいまいなまま公開してしまったが、今後も調査と探索は続けていこうと思う。
何か新情報を入手次第、第2次探索に入るつもりだ。
(おわり)