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千葉県勝浦市 素掘カルバートとループな道(前編)

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【14年2月16日探索・2月18日公開】

http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54122417_0?1392648602

現在地はここ

他地域のネタがなくなったワケではないが、昨日の記事の続きを書く事にしよう。
行川アイランドから500mくらい勝浦方向に国道128号旧道を進む。まだ住所は勝浦市浜行川だ。
地図で言うと7時の方向を見ての撮影なのだが、ここから右手の細い道に入る。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54122417_1?1392648602

こんな交差点を曲がると・・・




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54122417_2?1392648602

現在地はここ

画像自体は地図の9時の方向が正面だ。
一応の車道は左方向に登っていくが、右に明らかに怪しげな穴があるのを発見した。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54122417_3?1392648602

すぐ右は民家で、その脇を抜けると房総には珍しくない雰囲気の隧道っぽいものがあった。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54122417_4?1392648602

路面は半分舗装のようなよくわからない事になっていた。
そして内部は素掘りである。房総では珍しくないって??
ところが・・・




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54122417_5?1392648602

画像だけではよくわからないと思うが先ほどの地図をもう一度よく見てほしい。
この上部にはなんとJR外房線が通るのだ!
なので素掘「隧道」ではなく素掘「暗渠」、現代風に言えば素掘「カルバート」とでも言った方が正確なのだろう。
房総広しと言えどもこのパターンは他にはないかもしれない。

そう言えば内部の地質もどことなく房総のそれと違う印象だったが、まさか盛土築堤を後から掘ったなんて驚きの行為はしてないだろうな・・・




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54122417_6?1392648602

先に行こう。
地図にはループ上に回る道が点線で描かれているのだが・・・

よくわからないまま正面の階段を登っていった。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54122417_7?1392648602

国道128号興津バイパスに出た。
1990年ごろに開通したバイパスだ。

道なんてないじゃん。
仕方ないので遠くに海が見えるいい景色を撮影した。

まあ道が見つからなくてもしょうがないか・・・

と思い来た道を戻ろうとした時・・・



http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54122417_8?1392648602

現在地はここ

地図では4時の方向、路肩側に、ここだけガードパイプが欠けている場所があった。
ここから築堤を下りる事にしよう。

(後編につづく)

  

千葉県勝浦市 素掘カルバートとループな道(後編)

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【14年2月16日探索・2月19日公開】

http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54124092_0?1392740269

現在地はこの辺

地図上では5時くらいの方向だろうか。
国道バイパスの築堤のような感じの斜面を降りること10m、目の前に平場が広がった。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54124092_1?1392740269

そして平場は続いていた。
幅員2m程度であったような道だ。
車道ではないのかもしれないが、荷車くらいは通行する道だったのだろう。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54124092_8?1392741110

ここで振り返る。
前編で登ってきた階段との位置関係の確認だ。

左方向約20mの位置に階段のガードパイプが見える。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54124092_2?1392740269

現在地はここ

地図上でも描かれているようにこの辺で道は右に急カーブする。
藪がすごいのでわかりにくいとは思うが、道がカーブしているのはお判りいただけただろうか?




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54124092_3?1392740269

先ほどの画像の場所から10mも進むと、どこまでが道だったのかがわからなくなった。
左に建っているのは国鉄敷地を示す「エ」マーク境界柱だ。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54124092_4?1392740269

さらに7、8mも進むと竹薮がすごく、普通なら撤収という感じだ。
撤退しなかったのは、どちらにせよ全体であと20mもない事がわかっていたからだった。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54124092_5?1392740269

激竹薮を抜けると、それまでの苦労がうそのような平場になった。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54124092_6?1392740269

そして出てきたのはほぼ階段の下付近だった。
地図の階段記号とは位置が少々ずれていたものの、おそらくは荷車道の「ループな道」はまだその痕跡を留めていたのだった。

(おわり)

  

静岡県三島市 在来線と新幹線のカルバート

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【14年1月12日探索・2月20日公開】

http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54125755_0?1392826090

現在地はここ

静岡県三島市柳郷地 地図で言えば11時の方向に道が延びているのでこれを進み、東海道本線と東海道新幹線のカルバートがほぼ連続してあるようなので、2つの比較などしてみようと思いやってきた。

右の道を進むとすぐにあるのが・・・




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54125755_1?1392826090

東海道本線のカルバートだ。
形状としてはトンネルと言った方がしっくりくる感じだが、これでもボックスカルバートであるようだ。
大きさとしてもさほど狭隘感はなく、有効高さ、幅員とも2.5mほどはある。

道路自体は三島市道なのだろうが、JR東海としての管理構造物だという事の主張が何も無い。従って名称すら不明だった。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54125755_2?1392826090

出口の先で道は二又になっている。
左はすぐに行き止るので右折する。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54125755_3?1392826090

珍しいプラ製パレット桁の「鉄橋」が架かっていた。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54125755_4?1392826090

田んぼを回りこむ。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54125755_5?1392826090

今度は東海道新幹線のカルバートだ。
「大久保Bb」と書かれているが「Bb」とは何の略だろう?

高さ制限3.3mは、新幹線の車道カルバートとしてはおそらくかなり低いものなのだろう。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54125755_6?1392826090

その先、直進は四輪通行困難な道幅になる。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54125755_7?1392826090

左になら進行可能だ。
私はここで引き返したが、この先700mくらい走れば国道1号線に出るようだ。

  

千葉県勝浦市 旧・行合隧道(前編)

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【14年2月16日探索・2月21日公開】

http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54127312_0?1392914986

現在地はここ
地図で言えば2時の方向を撮影

千葉県勝浦市浜行川 国道128号浜行川隧道、昭和26年(1951)竣工だ。
国道128号線にはまだこんな5m幅員の隧道が多数残っていたりする。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54127312_1?1392914986

反対側はロックシェードがおそらく後年になってから設置されていた。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54127312_2?1392914986

そしてこれが続けて存在するもう1本の隧道「行合隧道」だ。
この隧道には明治の旧隧道が残っていると聞いたので行ってみようと思う。

このあたりの左側をムリヤリよじ登っていくと南側坑口があるような気もしたが、アプローチ開始点が不明だったので、北側に向かう。

ちなみに右の小さなトンネルは歩道トンネルになる。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54127312_3?1392914986

現在地はここ

地図では12時の方向だ。ここを曲がる道で間違いなかろう




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54127312_4?1392914986

ただの抜け道っぽい雰囲気のところを進んでいくと。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54127312_5?1392914986

かなり道幅が広くなった。
これは歩きやすいと思っていたら・・・




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54127312_6?1392914986

多くの足跡は右にある国道128号パイパスへと向かっていて、私が進行しようとしている道にはかすかな足跡だけが残る、藪こぎ必至かと思う道になってしまった。

(後編につづく)

  

千葉県勝浦市 旧・行合隧道(後編)

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【14年2月16日探索・2月22日公開】

http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54128866_0?1392999270

現在地はこの辺

進行方向は地図でいえば7時の方向になる。

先ほどまでの藪がうそのような広く、しっかりとした道の痕跡になった。
現・行合隧道が昭和28年(1953)竣工だったので、もう61年も前に現役で無くなった道とは思えない。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54128866_1?1392999270

このあたりもやたら広い。
道路わきに何か別のものがあったのかもしれない。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54128866_2?1392999270

進行方向をやや左に変えると道は壁に当たっていた。
もう少し近づいてみる。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54128866_3?1392999270

現在地はこの辺

あった。
「山行が」でも見たことのある隧道を目の当たりにしたのだった。

坑口上の意匠が変わってるな。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54128866_4?1392999270

入洞する。
千葉県内では大変珍しい石造り隧道の登場だ。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54128866_5?1392999270

明治時代に出来ているのはほぼ間違いないのだが、「山行が」においても明治13年から36年(1880~1902)の間に出来たはずというところまでしか絞り込めていない。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54128866_6?1392999270

この完全石造りの隧道は反対側坑口が半分以上埋もれていた。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54128866_7?1392999270

今回はここで引き返した。
が、完全埋没の前に見ておいた方が良かったのかな・・・

(おわり)

  

猫の日に千葉県御宿町で会った猫たち

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【14年2月22日の出会・2月23日公開】

昨日2月22日は「にゃん、にゃん、にゃん」の猫の日だった。
そんな昨日は、2週続けての千葉県夷隅郡御宿町周辺の探索となったのだが、その途中では猫の日にふさわしく多くの猫に会ったのでその画像を1日遅れとはなったが公開しようと思う。

なお、この地域に2週続けて訪問したのは、雪が残っていないからだ。
私にとってなじみの深い、秩父や奥多摩や山梨方面はまだ雪が大量に残っておりまだ訪問困難だろう。大雪被害に遭った方々には心よりお見舞い申し上げたい。


http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54130520_0?1393080998

まず見かけたのは御宿町岩和田地区のこの車の下にいた猫。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54130520_1?1393080998

キジトラ白だった。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54130520_2?1393080998

そのすぐ近く、漁港近くのお宅の車の横。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54130520_3?1393080998

ズームアップ。
キジトラ君かな。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54130520_4?1393080998

続いて上布施地区で見かけたのが。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54130520_5?1393080998

この猫は縞三毛に分類されるかな?




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54130520_6?1393080998

高山田地区で、この日最後に会ったのはこの猫だまりになっていた工場っぽい場所だった。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54130520_7?1393080998

まず4匹。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54130520_8?1393080998

少し離れた場所に2匹。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54130520_9?1393080998

茶トラ白のズームアップ。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54130520_10?1393080998

3匹ズームアップ。

少し離れた場所からも別の猫の声は聞こえたのだが、その声の主は姿を見せてはくれなかった。
その猫を合わせれば10匹の猫に会った事になる。猫の日だったので、猫たちも意識して登場してくれた??

  

山梨県上野原市 秋山大橋と旧橋たちの痕跡(前編)

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【14年1月26日探索・2月24日公開】

http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54132509_0?1393166931

現在地はここ

山梨県上野原市秋山 2005年2月以前は南都留郡秋山村だった地域だ。
現在、県道35号四日市場上野原線上にいるのだが、地図で言えば9時の方角から6時の方角への左折へ進み秋山大橋を渡る。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54132509_1?1393166931

その秋山大橋から下流方向の左岸を見た。
こりゃあ明らかに旧橋とそのアプローチ道の痕跡だな。
その隣の吊り橋主塔っぽいものは何だろう?
後で行ってみよう。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54132509_2?1393166931

ちなみに同じ場所から右岸も見てみた。
やはり旧橋の橋台っぽいものが見えた。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54132509_3?1393166931

現在地はここ

橋をいったん渡りきった。
地図上では3時の方向に2本の道があるが、このうち左の下りになる道を20mくらい行く。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54132509_4?1393166931

この足もとにも橋台が残っているのだろうが、進入できるポイントからだとうまく見えない。
対岸(左岸)の橋台とその隣の主塔?はよく見えた。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54132509_5?1393166931

同じ場所で今渡ってきた橋も見た。
秋山大橋・平成2年(1990)竣工のラーメン橋だ。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54132509_6?1393166931

現在地はここ

その秋山大橋をもう一度渡り、県道35号脇の下り坂を行く。
地図と実際の道路とが違うように描かれているがなぜだろうか??




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54132509_7?1393166931

何か、こう、年代を感じるねえ・・・
平成2年まではこの道とここに架かっていたであろう橋が現役だったはずだ。

で、旧橋はいつ架かったのか?
土木学会資料(橋梁史年表)によれば昭和41年(1966)に55.2mの鋼上路のリブアーチ橋が架橋されていたとある。ただ、これには「旧橋は木造吊橋」と書かれてあるので、アプローチ自体はその木製吊橋とともにあった可能性もある。
しかし謎なのは、さらに昭和4年(1929)に鋼方杖橋で同名、長さ55mのものが架橋されたとも記載されていたのだった。

昭和4年に鋼製の橋が架けられていながら、その後木製吊り橋になったというのは不自然だな・・・う~ん・・・

ところで、橋は右折だが直線方向にも明らかに旧橋アプローチだった廃道っぽい道があり、それも気になった。

(後編につづく)

  

山梨県上野原市 秋山大橋と旧橋たちの痕跡(後編)

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【14年1月26日探索・2月25日公開】

http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54134297_0?1393255726

現在地はこの辺

地図に描かれている道と現認した道の線形がまったく違うのはなぜだろうか?
私は県道35号線に並行している旧橋アプローチ道の、旧橋橋台の先、東側区間を進んでいる。地図で言えば3時の方向になる。

前方、明らかに人工的な石の積み上げがある。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54134297_1?1393255726

その先は、管理者が意図した通りなのだろう廃道になっていた。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54134297_2?1393255726

元々4、50mくらいのものなので終点はすぐに見えた。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54134297_3?1393255726

これは県道35号線側からみた画像になる。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54134297_4?1393255726

現在地はここ

旧橋橋台のところに戻って来た。
ここでやや左下に見える吊り橋主塔っぽいものも気になる。
現在は水管橋であるようだが、これが現在の橋から2代前の「木製吊り橋」の主塔だったのかもしれない。



http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54134297_5?1393255726

じゃ、現橋の姿を見て撤収するか・・・
ん!!

さらに古そうな橋脚があるじゃん!!




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54134297_6?1393255726

練石積みの橋脚は、おそらく昭和4年竣工の橋のものだろう。
あるいはさらにもう1代前から同じ橋脚が使われていたのかも・・・




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54134297_8?1393255726

ここで5万分の1地形図「上野原」から一部抜粋したものをお見せしようと思う。昭和52年のものになる。
この橋はアプローチが廃道化されていた、橋台の残る昭和41年架橋のものだろうと思う。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54134297_9?1393255726

さらにさかのぼり昭和22年版なると、橋は明らかに違うものが描かれていた。
これが3枚上の画像の、橋脚を持つ昭和4年竣工のものなのだろう。
ただ、ねえ・・・
土木学会「橋梁史年表」によると昭和4年架橋の橋は「鋼方杖橋」らしいのだ。
橋脚って要るのかな??



http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54134297_7?1393255726

すっきりとは解決していないが、これで撤収しよう。
現橋北詰へと向かうアプローチ道なのだが、法面施工が明らかにつぎはぎ(路面もつぎはぎだが)だらけだ
これもまた何かを物語るものなのだろうか??

(おわり)

  

静岡県清水町 古電柱の廃橋

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【14年1月12日探索・2月26日公開】

http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54071059_0?1390401907

現在地はここ

静岡県駿東郡清水町久米田 三島市との境に流れるその名も境川のそばにいる。
ここから地図で言えば5時の方角、約50mくらいの場所に架かる橋を見に行こうと思う。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54071059_1?1390401907

なので川沿いを歩く。
田んぼ側のガードレールのようなものは何だろう?
農耕車の田んぼへの転落防止??

左側、橋が見えてきたので近づく。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54071059_2?1390401907

!!

こりゃいかん・・・
完全な廃橋だった。

元々は幅員も3m以上あるものだったようで、農耕用車両等も通行したのかもしれない。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54071059_3?1390401907

さらによく観察してみたところ・・・
桁部分はなんと木製電柱の再利用だった。
枕木再利用橋はいくつか見た事があるが、電柱再利用は初めてかもしれない。

  

千葉県勝浦市 鵜原館の隧道たち(前編)

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【14年2月16日探索・2月26日公開】

http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54137702_0?1393430266

現在地はここ

千葉県勝浦市鵜原 地図で言えばこれから8時の方向、鵜原館という旅館のアプローチ道へと進む。
私有地のはずだが、徒歩なら旅館利用者でなくても進入可である。
なので、ここを右折する。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54137702_1?1393430266

鵜原理想郷ハイキングコースとして開放されているのだが、宿泊者以外の車両通行は禁止のようだ。
私もヘリオス号を待機させ先に進むことにした。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54137702_2?1393430266

房総名物観音堀り隧道かと思ったが、隧道落石覆いとしての機能のようだ。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54137702_3?1393430266

内部は・・・千葉県内で素掘りなのは今更驚くこともないが、横穴的なものがいくつかあった。
洞内分岐かと一瞬期待したが、奥行2m程度の窪みだった。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54137702_4?1393430266

10m位先の右側にも何かがあった。
シャッターが下りていたがおそらく物置に利用しているものと思われる。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54137702_5?1393430266

そして今度は上か??




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54137702_6?1393430266

無限に空間が広まっていたらどうしようかと思ったが、そんな事は何もなかった。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54137702_7?1393430266

1つ目の隧道の先には2つ目も見えていた。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54137702_8?1393430266

1つ目の隧道を抜けたすぐ先には源泉?があった。

ここ鵜原館には「トンネル風呂」や「洞窟風呂」があり、また貸切露天風呂に行くには隧道と吊り橋を渡るそうだ。
・・・次回の家族旅行ででも宿泊したいものだ。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54137702_9?1393430266

2つ目の隧道は短いからすぐ終わる。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54137702_10?1393430266

入洞してみて驚いた。
半分だが、石造りじゃん、これ!

鵜原館の創業は大正13年(1924)との事なので、この隧道もその時に掘られたものである可能性が高い。

(後編につづく)

  

千葉県勝浦市 鵜原館の隧道たち(後編)

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【14年2月16日探索・2月28日公開】

http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54139486_0?1393517361

現在地はここ

2つ目の隧道を出た。そして振り返った。
地図上での進行方向は7時の方角だが、この画像はその真逆の1時の方角になる。

房総半島では珍しい石造りの抗門なのだが、手造り感あふれる感じが好ましい。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54139486_1?1393517361

その先、鵜原館へは舗装された右の道をゆく。
私は左の未舗装路へと進んでいく。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54139486_2?1393517361

「陸橋」の下、奥に見えたのは3つ目の隧道、これまた素掘の様相だった。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54139486_3?1393517361

隧道手前の壁にはこんな石製の注意喚起表記があった。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54139486_4?1393517361

同じ場所で来た方向を振り返ると「歩行者最優先」の看板が見えた。
えっ・・・

ここって、車両が通行するとでも言うのか??




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54139486_5?1393517361

入洞した。
幅員は1.6mくらいか。このスペースは軽トラだって通行など出来まい。
・・・と、ここまで書いて再度画像を確認したところ、どうも轍っぽい跡が見える。

ここを自動車が通行するシーン、ぜひとも見たいものだ。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54139486_6?1393517361

延長60m程の素掘隧道を抜けると・・・




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54139486_8?1393517361

ハイキングコースはまだ続く。
私は隧道が目的で、この先には無い様だったので、ここで撤収する。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54139486_7?1393517361

今抜けてきた3番目の隧道を再び通って帰る。
このあたりも鵜原理想郷に入るのかな。だとすれば、やっぱり素掘隧道も理想郷のスパイス的要素にはなっているのかもしれない。

(おわり)

  

東京都大田区 無理のある止まれ表示

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【14年2月23日探索・3月1日公開】

http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54141031_0?1393605325

東京都大田区南蒲田 ここから見えるのは国道15号線の、箱根駅伝でも毎年映っていた、京急空港線「蒲田の踏切」跡だ。2012年10月に踏切が解消されてこのような高架線になった。

本日の目的地はここから程近い場所だ。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54141031_1?1393605325

現在地はここ

実際の訪問は京急蒲田からではなく糀谷方向からだったので、レポ開始地点はここになる。
これからの進行方向は地図上での10時の方角になるが、この高架下は1年半前まで線路だった所なので少しキョロキョロしてみる。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54141031_2?1393605325

左を見ると踏切だった名残があった。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54141031_3?1393605325

そして線路だった場所は・・・痕跡はほぼなくなっていた。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54141031_4?1393605325

線路脇の道を150mほど進んだところだ。
この先を右折した所が目的地だ。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54141031_5?1393605325

現在地はここ

地図は航空写真モードにしてみた。
京急電車の車窓から見て、ここ、訪問したくなったのだ。

この道幅で対面通行で両側に止まれ表示がある、無理のある光景を間近に見たくなったのだ。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54141031_6?1393605325

道の両側が駐車場なので実際の通行には離合も含め大きな問題はなさそうだが、やはりどこかおかしい。
止まれ標識などは、この道ではなく交差する道の反対側に設置してあるというレアぶりだ。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54141031_7?1393605325

そんな道路も、れっきとした大田区道のようだ。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54141031_8?1393605325

以上、幅員2.5m、長さ10m、対面通行道路でした。

  

千葉県勝浦市 ここにもあった!180度カーブトンネル

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【14年2月16日探索・3月2日公開】

http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54142941_0?1393684849

現在地はここ

千葉県勝浦市興津 国道128号線上にいる。
ここから東の方角約100mの位置にあるトンネル記号なのだが・・・
これって、やっぱり、あれ、だよね・・・

なので、その真相を確かめるべく、国道を逸れて右の登り坂へ行く。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54142941_1?1393684849

上り坂はけっこうキツイ。
徐行標識の向こう側には門があった。
この先は目黒区興津自然学園の敷地になるようだが、特に進入を咎めるものはなかったので先に進む。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54142941_2?1393684849

一つ目のヘアピンカーブだ。
徒歩の場合だとカーブ地点から、ここに写っている階段で学園に向かうようだ。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54142941_3?1393684849

カーブを過ぎ30mほど進むとトンネルがあった。
形状としては地下鉄トンネルやボックスカルバートを髣髴とさせる。
名称、竣工年度は不明だ。国土変遷アーカイブの航空写真で見る限り昭和50年代後半か昭和60年代前半くらいの竣工ではなかろうかと推測はするが。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54142941_4?1393684849

トンネルに入り、20mくらいすると突然左急カーブがある。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54142941_5?1393684849

やはり、そうだったか。180度急カーブトンネルだった。
静岡県熱海市群馬県上野村にあったものと同様、坑口が同じ方向で高低差のあるタイプのものだった。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54142941_6?1393684849

反対側、というか上側坑口も見たかったが、この先は門が閉まっており部外者進入禁止の意思表示がされていた。

一応トンネル自体が確認出来たのでよしとしよう。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54142941_7?1393684849

目黒区興津自然学園の立地を遠望してみた。
この丘の上の建物がそうなのだが、景色は良いんだろうなあ。

  

東京都奥多摩町 気になった軌道記号(前編)

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【13年12月15日探索・14年3月3日公開】

http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54144878_0?1393773322

現在地はここ

東京都西多摩郡奥多摩町氷川 国道411号の奥多摩消防署前を右折する。
地図では4時の方向に分岐する道だ。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54144878_1?1393773322

17%の標識を見て乗車して登る意欲がなくなった。
ここから先は押しである。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54144878_2?1393773322

なぜか画像が青っぽいが気にしないで頂きたい。
左のガードレールには手すりが取り付けられていた。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54144878_3?1393773322

道が二手に分かれる。
私はこれを右方向に進む。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54144878_4?1393773322

カーブを曲がると奥多摩総合運動公園の施設が見えてきた。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54144878_5?1393773322

正門の先、簡易バリケードを少し過ぎたところにヘリオス号を停め、左の細道に入ると・・・




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54144878_6?1393773322

現在地はここ

正面には建物があった。
軌道の記号まではもうすぐだ。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54144878_7?1393773322

案内看板があった。
よく見ると「モノレール」の表記があった。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54144878_8?1393773322

そして斜面にはレールが見えた。
予想はしていたが、構造的にはいわゆるモノラックか。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54144878_9?1393773322

そして建物の裏側にはその車両が停まっていた。

(後編につづく)

  

東京都奥多摩町 気になった軌道記号(後編)

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【13年12月15日探索・14年3月4日公開】

http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54146859_0?1393860662

現在地はここ

「モノラック自走客車」に近づいた。
エンジン部は思いの外小さい。
歯車を利用しながら進むので、さほどの出力がなくても大丈夫という事か?




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54146859_1?1393860662

そして内部は立席だった。
あるいは車椅子にも対応しているという事かな?




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54146859_2?1393860662

どの道健常者は歩けという事らしい。
何段もの九十九折で標高を克服していく。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54146859_3?1393860662

8段のカーブを過ぎた。
この先のカーブ地点はレールにいったん近づく。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54146859_4?1393860662

こんな感じだ。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54146859_5?1393860662

トレイル道は大きく迂回して標高差を克服する。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54146859_6?1393860662

上部ステーションに着いた。



http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54146859_7?1393860662

今度はレールを見下ろした。
有料でいいから一般人が乗れるモノラック、関東近郊には無いのかなあ・・・




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54146859_8?1393860662

最後に、奥多摩町中心部を見下ろした景色だ。
ミニチュアモードにすれば良かったかなという、ジオラマを見るような感じだった。

(おわり)

  

千葉県御宿町 孤立県道訪問記(その1)

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【14年2月22日探索・3月5日公開】

http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54148582_0?1393947177

現在地はここ

千葉県夷隅郡御宿町実谷 県道273号線より左折して目的地へのアクセス道へと入る。
地図では左折し9時の方向へ向かう道だ。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54148582_1?1393947177

集落内の道はのどかな雰囲気だった。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54148582_2?1393947177

この先、どこかで右折するはずで、そのポイントを探していた。
廃車が2台放置されていた場所だが・・・




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54148582_3?1393947177

ここも分岐だったが、ここは林道向井線。
私が進む予定の道ではなかったし、そもそも通行止めになっていたのだった。




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ええと・・・右折ポイントは・・・




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54148582_5?1393947177

現在地はここ

右折すると林道実谷線、この道に行く予定だった。
(地図では11時の方向に進みたい。)

「この先通行止」という先ほどの林道よりもやる気のない意思表示はあったが、この道を進まないとものすごい大回りになってしまう。
強行突破することにした。




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さっそく倒木があった。
1週前の南岸低気圧、多くの場所が大雪に見舞われたあの低気圧による被害だろう。

ヘリオス号が引っかかったがどうにかクリアした。




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その先も何本か倒木があった。
何だか路面状況が廃道のようだ。

そんな林道だったが、トンネルが見えてきた。




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実谷第2トンネル、実はこの先には第1トンネルがないのだが、一応峠の隧道を通過する。
が、通行止表示はさっきの倒木だけじゃないかもしれない。
まだすんなりとは行かせてもらえないかもしれない。

(その2へつづく)

  

千葉県御宿町 孤立県道訪問記(その2)

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【14年2月22日探索・3月6日公開】

http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54150302_0?1394032348

現在地はこの辺

実谷第2トンネルを抜けた。地図での進行方向は10時の方角になる。
トンネルの先にも崩落か倒木はあるかもと思っていたが、やはりあった。




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もちろん突破すべく進行する。
ここは私が単独であればどうって事のない場所なのだが、ヘリオス号にとっては難敵だった。道路がこのような状況になってからの通行者はほんの数えるほどだろうから、切開かれた場所がなく、ヘリオス号は引っ掛かりまくりだった。
結局この約7、8mの突破だけで9分も要した。




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ようやくクリアしたかと思ったら、その30mくらい先にも倒木があった。
規格が林道とは言え法面が弱すぎたのか、はたまた想定外の低気圧だったという事なのか?




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さらにさらに・・・

1つ上の画像とこことの間にももう1箇所倒木があったが、同じような画像が多すぎるので割愛した。

つか、障害物競走じゃないんだから~

私は廃道探索に来たのではない。
現役であるはずのアクセス道を通り、県道174号の孤立区間へ向かおうとしているだけなのだ。




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そう言えば路面状況もなかなかのものだ。

・・・先の方、一難去ってまた一難か。




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現在地はここ

またまた多数の倒木、というか法面崩落だった。
これまでで最大の規模だ。
画像ではわかりにくいが、かなり向こう側まで通行不能になっている。
これは私一人でも正面突破は困難だろう。
と言って、今来たところを戻るのも大変な苦痛だ。
迂回路がないか偵察してこよう。




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結果、ひとつだけ方法があった。
いったん道路をはずれ、下の湿地に降りて、再度道路へ復帰すべく斜面を登るしかない事が判明した。
ここはその湿地で、上のガードレールの所が道路なのだが、標高差では7、8mといったところか。
ここも単独ならワケないが、ヘリオス号同伴のため苦戦した。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54150302_7?1394032348

崩落の反対側に登ってきた。
が、このわずか20mほどの距離になんと21分も要してしまった。




http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/3b/a6/takaratta_1152/folder/1619027/img_1619027_54150302_8?1394032348

登ってきたその場所はちょうど林道の分岐地点だった。
左に行くと素掘隧道があるようだが、私の目的はそちらではないので、右方向の道を進む。
もう障害物、ありませんように・・・

(その3へつづく)

  

千葉県御宿町 孤立県道訪問記(その3)

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【14年2月22日探索・3月7日公開】

http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-3b-a6/takaratta_1152/folder/1619027/34/54151934/img_0?1394122616

現在地はこの辺

最大の崩落地点の先には幸いほとんど崩落や倒木がなく、実谷林道に入ってから初めて乗車する事ができた。
ちなみに地図上での進行方向は12時の方向になる。




http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-3b-a6/takaratta_1152/folder/1619027/34/54151934/img_1?1394122616

それでも油断は禁物である。




http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-3b-a6/takaratta_1152/folder/1619027/34/54151934/img_2?1394122616

路肩がゴッソリ欠落していた。
これは前週の南岸低気圧の被害ではないようだが、御宿町で原状回復させる気があるのかどうか・・・




http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-3b-a6/takaratta_1152/folder/1619027/34/54151934/img_3?1394122616

ここは一体どのような場所なのだろうか?
管理地である事は確かであるようだが・・・




http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-3b-a6/takaratta_1152/folder/1619027/34/54151934/img_4?1394122616

そのすぐ先から舗装が復活した。
あと県道まではもうわずか・・・




http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-3b-a6/takaratta_1152/folder/1619027/34/54151934/img_5?1394122616

急に視界が開けた。
そして道路も広くなった。




http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-3b-a6/takaratta_1152/folder/1619027/34/54151934/img_6?1394122616

広くなった道路側から今来た道を見るとこんな感じだ。
ガードレール製の半バリケードの手前にはなぜかゴミ箱が置かれている。
そしてガードレールの向こう側にも何かがあるようだ。戻ってみよう。




http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-3b-a6/takaratta_1152/folder/1619027/34/54151934/img_7?1394122616

現在地はここ

かなりグシャグシャに破壊された、一般車がこの先通り抜けできない旨の看板だった。
設置者は大原土木事務所、つまりここは県道であるという事の証だった。




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2車線幅に広がったがセンターラインのない道を進もうか。




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30mくらい進んで振り返った。
ガードレールに張り付いていたグシャグシャ看板とおそらく同じ文言の看板が建っていた。
この看板よりもヘキサが1本あるといいんだけどなあ。

(その4・最終回につづく)

  

千葉県御宿町 孤立県道訪問記(その4・最終回)

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【14年2月22日探索・3月8日公開】

http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-3b-a6/takaratta_1152/folder/1619027/62/54153362/img_0?1394207100

現在地はここ
この先の進行方向は1時の方向になる。

左に分岐がある地点になった。




http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-3b-a6/takaratta_1152/folder/1619027/62/54153362/img_1?1394207100

ここが県道を孤立区間にしてまで先行開通させた施設、キャメルリゾートというゴルフ場の入口になる。御宿→砂漠→らくだというネーミング根拠なのだろう。
南国を強調するような木々が植えられていた。




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ゴルフ場のほかは特に施設も無いようだ。
帰宅後に気付いたのだが、右の坂道、元々の道路だったのでは??




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今度は左右に分岐のある交差点だ。




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まず手前左側、ここにはキャメルリゾートのキャラクターらしきものが乗っかった看板があった。




http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-3b-a6/takaratta_1152/folder/1619027/62/54153362/img_5?1394207100

現在地はここ
地図上ポイント位置で6時の方向を見たのがこの画像だ。

ここから分岐する道が実質外界に通じる唯一の道路になる。
帰りは私も当然それを通った。

で、この画像の不自然なところ、気付きましたか?

左下のガードレールなのだが、県道が出来る以前の道路か??




http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-3b-a6/takaratta_1152/folder/1619027/62/54153362/img_6?1394207100

脇に逸れたが県道を進もう。
交差点のところには千葉県設置の看板があった。

下に倒れている2枚も千葉県・大原土木事務所設置で内容は一緒だった。




http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-3b-a6/takaratta_1152/folder/1619027/62/54153362/img_7?1394207100

では半バリケードの中へ~

幅員は完全に2車線だが、センターラインは書かれていない。

ところで、黄色い矢印のものは、何だ??




http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-3b-a6/takaratta_1152/folder/1619027/62/54153362/img_8?1394207100

あのジブリキャラクターだった。
何のために建っているのだろうか?
スクールバス停留所あたりか??




http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-3b-a6/takaratta_1152/folder/1619027/62/54153362/img_9?1394207100

先の方にバリケード型ガードレールが見えてきた。




http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-3b-a6/takaratta_1152/folder/1619027/62/54153362/img_10?1394207100

やはり多くの地図の通り・・・




http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-3b-a6/takaratta_1152/folder/1619027/62/54153362/img_11?1394207100

これが孤立県道の末端になる。

この先、少なくとも当面は延伸するようには見えなかった。




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最後に私が手持ちの2009年発行「東京地図出版 関東圏道路地図」の一部をお見せしよう。この計画が進まない限り、孤立県道はそのまま放置されそうだ。

(おわり)

  

神奈川県相模原市 県道517号宮沢橋旧橋(前編)

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【14年1月26日探索・3月9日公開】

http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-3b-a6/takaratta_1152/folder/1619027/23/54155323/img_0?1394291111

現在地はここ

神奈川県相模原市緑区牧野 県道517号奥牧野相模湖線の宮沢橋上から南側に旧橋らしきものが架かっているのを発見した。




http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-3b-a6/takaratta_1152/folder/1619027/23/54155323/img_1?1394291111

現在地はここ

という訳でレポ開始地点、仕切りなおしだ。
地図の縮尺をここまで上げると旧橋、描かれているじゃん。
画像では矢印の下り坂、地図上では5時の方向へ向かう。




http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-3b-a6/takaratta_1152/folder/1619027/23/54155323/img_2?1394291111

簡易舗装になった道から左に分岐があった。




http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-3b-a6/takaratta_1152/folder/1619027/23/54155323/img_3?1394291111

これが宮沢橋(たぶん)旧橋、馬本沢に架かる橋梁だ。
落ち葉が多くてかなり歩きにくい。




http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-3b-a6/takaratta_1152/folder/1619027/23/54155323/img_4?1394291111

コンクリート製の橋である事は現道の橋から見た段階でわかっていたが、その欄干も一体的に造られたようだ。
一体いつ頃架けられた橋なのだろう。
銘版などは一切残っていないが、後ほど考察してみよう。




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橋を渡り終わった旧道は当然左に折れるのだが・・・




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竹薮がすごくなってきた。
廃道歴5年や10年ではなさそうな事はすぐに推測がつく。
これはけっこう前から廃道だよな・・・

(後編につづく)

  
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