【15年6月14日探索・7月4日公開】
今日は小ネタでご勘弁を・・・
現在地はここ
山梨県富士吉田市ときわ台 平成通り、相模川水系・宮川に架かる新中央橋から富士
急行大月線の方を見ていた。ここで、下の方に目を移すと・・・
急行大月線の方を見ていた。ここで、下の方に目を移すと・・・
何か、超怪しい橋が架かっているではないの!!
・・・実は以前より、富士急行大月線の車窓からこの橋は見ており、いつか訪問して
みようと思っていたのだった。
この橋、渡れるかな・・・
みようと思っていたのだった。
この橋、渡れるかな・・・
橋自体は架かっているものの、橋に到達するアプローチ道がない。
反対側もごらんのような藪になっている。
反対側もごらんのような藪になっている。
ここは富士吉田の市街地であるので、あまり怪しい行動をとっていると通報されかね
ない。
渡橋はあきらめてもう少し観察してみよう。
ない。
渡橋はあきらめてもう少し観察してみよう。
反対側の上から見下ろしてみた。
橋げたはどうも電信柱の流用であるようだ。
もし橋のところまで下りたとしても、渡れたかどうかは微妙かも・・・
橋げたはどうも電信柱の流用であるようだ。
もし橋のところまで下りたとしても、渡れたかどうかは微妙かも・・・
ところでこの橋、なぜこんな場所に架かっているのだろうか?
それを解く鍵ははおそらく、新中央橋が架かっている平成通りにあると思われる。
それを解く鍵ははおそらく、新中央橋が架かっている平成通りにあると思われる。
古い航空写真を見る限り、この橋と思われるものが昭和50年(1975)の航空写
真で確認できた。それ以前のものは解像度と白黒だったので判別できなかったが、い
ずれにせよ元から生活道、もしくは田畑作業のための道の一部だったのだろう。
で、この「平成通り」だが、新中央橋の架橋は昭和60年3月であり、その前後から
通行できなくなったものと思われる。
新中央橋が隣に架かっているところからは、まさかこの橋、中央橋という名か??
真で確認できた。それ以前のものは解像度と白黒だったので判別できなかったが、い
ずれにせよ元から生活道、もしくは田畑作業のための道の一部だったのだろう。
で、この「平成通り」だが、新中央橋の架橋は昭和60年3月であり、その前後から
通行できなくなったものと思われる。
新中央橋が隣に架かっているところからは、まさかこの橋、中央橋という名か??
最後に、富士急行線には大変珍しい成田エクスプレスと廃橋のコラボ写真をどうぞ。