【14年12月21日探索・15年3月23日公開】
現在地はここ
★もう2回の連載予定でしたが、あまり引っ張りすぎない方がいいと思い、本日の連載を最終回としました。いつもよりも幾分画像が多いですが、お付き合いください★
いくつか、案内板などが建てられていたが、いずれも県道を示すものではなかった。
大山古道である事は間違いないが。
大山古道である事は間違いないが。
前方が明るくなってきた。
少し進むと林道と思われる車道に出た。
そしてそこは伊勢原市と秦野市の市境だった。
そしてそこは伊勢原市と秦野市の市境だった。
約700mほど、快適な林道を進んでいく。
(県道はこの林道を間借りしている?)
そしてここを右折する。
(県道はこの林道を間借りしている?)
そしてここを右折する。
右折すると道は2本あった。
進行方向は左の下っていく道になる。
進行方向は左の下っていく道になる。
現在地はここ
大山古道という看板のある道を進む。
手前左側に見える黄色や白の境界柱だが、何を表すものかは不明だった。
手前左側に見える黄色や白の境界柱だが、何を表すものかは不明だった。
人馬、荷車道と言われるのがとても似合う、いい雰囲気の道だ。
地理院地図が示す、県道色の境界はこのあたりになろうかと思われる。
その少し先だが、道端に境界柱が建っているのを発見した。
それは紛れも無く伊勢原市の市章だった。
地理院地図の表記とだいたい合っているように思う。
地理院地図の表記とだいたい合っているように思う。
その先だ。
こんな切通しを下っていく。
こんな切通しを下っていく。
また林道が見えてきた。
現在地はここ
県道の最終区間は地理院地図には描かれていないので、これにて探索終了とする。
あとはこの林道を下って・・・
あとはこの林道を下って・・・
バス停「大山駅」付近に出てきた。
バス駅はまだ何箇所も残っているが、ここはなぜ「駅」の名が付いているのだろうか?
以前は物資の中継地だった??
バス駅はまだ何箇所も残っているが、ここはなぜ「駅」の名が付いているのだろうか?
以前は物資の中継地だった??
ちなみにケーブルカーの「追分駅」まではここから2kmほど離れている。
(おわり)