【15年1月12日探索・3月7日公開】
いつも閲覧して頂きありがとうございます。
皆様のおかげで昨日22時頃、アクセス数が60万を突破しました。
これからも皆様のちょっとしたオアシスになれたらいいなあと思っています。
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これからも皆様のちょっとしたオアシスになれたらいいなあと思っています。
現在地はここ
群馬県高崎市倉渕町川浦 県道54号長野原倉渕線だ。
この先の分岐を左折する。
この先の分岐を左折する。
県道の旧道は緩い下り坂になった。交通量が少なく、快適な道だ。
ところで、ここが旧道になったのは倉渕ダム建設計画の一環である。
倉渕ダムは昭和59年から調査を開始し平成2年に事業着手されたが、平成15年(2003)にダム建設は凍結された。
それまでの間に県道付替道路が建設され、これは既に供用されている。
という事は当然旧道になった道路がある。私が今いる道路だ。
倉渕ダムは昭和59年から調査を開始し平成2年に事業着手されたが、平成15年(2003)にダム建設は凍結された。
それまでの間に県道付替道路が建設され、これは既に供用されている。
という事は当然旧道になった道路がある。私が今いる道路だ。
他にも工事用道路だとか、旧々道なども探索したので、今回の連載の中で紹介したい。
旧道沿いにもまだいくつか集落が残っていた。
バス停の名は新開入口、日によって来るバスの本数は違うが多い日で7回やってくる。が、ここから高崎駅まで行くには2回バスを乗り継ぐ必要がある。
バス停の名は新開入口、日によって来るバスの本数は違うが多い日で7回やってくる。が、ここから高崎駅まで行くには2回バスを乗り継ぐ必要がある。
その先は人家もなく荒涼とした雰囲気が漂う。
まだこの辺はダム予定地よりも下流側であり、水没予定ではなかったはずなのだが・・・
まだこの辺はダム予定地よりも下流側であり、水没予定ではなかったはずなのだが・・・
ありゃ・・・
何だ、この雪は!!
何だ、この雪は!!
何日前に降った雪なのかはわからなかったが、完全に凍結しており、自転車を押しながらの歩行でもけっこう危なかった。
日影の凍結区間はいったん終わった。
この先に橋が架かっているが、その手前から旧道っぽい道が分岐していた。
この先に橋が架かっているが、その手前から旧道っぽい道が分岐していた。
旧道、というか旧橋が残っていたのだった。
旧橋はかなり木々による侵食が激しい。
夏場だったら絶対に行こうと思わない。
夏場だったら絶対に行こうと思わない。
現橋が見えたが、ここから先には行けなかった。
残っている親柱があって、それを読んだら「縣道北軽井沢室田線」と刻まれていた。
橋の名が刻まれている親柱はなかったが、現橋と同じ「滑川橋」だろう。
橋の名が刻まれている親柱はなかったが、現橋と同じ「滑川橋」だろう。
旧橋の竣功は不明だが、現橋が昭和49年3月竣功なので、それまで現役だった事になる。
現橋から旧橋を見るとこんな感じだ。
旧橋の上流側はアクセス部分が欠落しており、アクセスが事実上不可能なのだ。
2枚上の画像で私が進めなかった理由がそのためである。
旧橋の上流側はアクセス部分が欠落しており、アクセスが事実上不可能なのだ。
2枚上の画像で私が進めなかった理由がそのためである。
(その2へつづく)