【14年6月21日探索・15年2月8日公開】
神奈川県相模原市牧野 県道517号線だ。
私は昭和50年代には自転車でも車でも通った道で、狭い道だったという記憶が残っている。
それからだと30年以上経過しており、かなりの部分が改良されてはいるが、現在においても1.2~1.5車線程度の道幅の区間も数箇所残っていて、その手前にはこのような看板が設置されている。
私は昭和50年代には自転車でも車でも通った道で、狭い道だったという記憶が残っている。
それからだと30年以上経過しており、かなりの部分が改良されてはいるが、現在においても1.2~1.5車線程度の道幅の区間も数箇所残っていて、その手前にはこのような看板が設置されている。
目的地の少し手前だ。とは言ってもこの時点では特にマークしていた場所でもなかった。
ここに至るまでにも何箇所かの旧道、プチ廃道があった。
この場所も津久井土木事務所のA型バリケードが物語るように改良前は左の草むらが道路だったのだろう。
この場所も津久井土木事務所のA型バリケードが物語るように改良前は左の草むらが道路だったのだろう。
矢印の場所まで進む。
現在地はここ
字名は日連(ひづれ)に変わっている。
姥平沢を跨ぐ姥平橋だ。
竣功については、工事銘版の位置に到達できず、またこの地域の航空写真データが少なく昭和49年(1974)以降平成20年(2008)の間としか言い切れない。
まあ、雰囲気的に言うと昭和末期か平成初期くらいだろうか。
竣功については、工事銘版の位置に到達できず、またこの地域の航空写真データが少なく昭和49年(1974)以降平成20年(2008)の間としか言い切れない。
まあ、雰囲気的に言うと昭和末期か平成初期くらいだろうか。
そんな橋の傍らで見つけたものは・・・
30km制限を示す道路標識の残骸だった。
ここ、旧道かよ・・・
ここ、旧道かよ・・・
マークしていなかった(とは言え、先ほどのリンクの地図をもっと拡大すれば廃道が浮かび上がるが)のと、藪がけっこうありそうなので、あまりテンションは上がらない。
よいしょ・・・
よいしょ・・・
イラクサっぽいのが沢山ある!
まだ棘を出す時期ではないのかもしれないが、要注意の雑草だ。
まだ棘を出す時期ではないのかもしれないが、要注意の雑草だ。
急カーブのところに設置されている注意・誘導版も残っていた。
道は左カーブを描き延びていた。
6月じゃなく、7月・8月だったら絶対に入ってこないな。
徐々に藪が深くなってきた。
徐々に藪が深くなってきた。
そして反対側のラスト数メートルは笹薮だった。
一応、現道の欄干見えたし、これにて撤収!
一応、現道の欄干見えたし、これにて撤収!