【14年3月2日探索・9月23日公開】
現在地はこの辺
実際の線路幅よりも明らかに広い幅の模様をなぞりながら進む。
そう言えばこの専用線が明治41年に敷設されたのは前編で述べたが、いつまで使われていたのかには触れていなかった。
敗戦後は連合軍に接収され、昭和27年まで使用されていたようだ。
ただ、補給廠の返還は昭和46年(1971)になるので、その間は放置されていた事になる。
そう言えばこの専用線が明治41年に敷設されたのは前編で述べたが、いつまで使われていたのかには触れていなかった。
敗戦後は連合軍に接収され、昭和27年まで使用されていたようだ。
ただ、補給廠の返還は昭和46年(1971)になるので、その間は放置されていた事になる。
広くなり線路模様が消えた。ここにかつて何かがあったのかは不明だ。
この先で特例都道445号常盤台赤羽線を横断する。
この先で特例都道445号常盤台赤羽線を横断する。
都道を横断した先ではまた線路模様が復活していた。
う~ん・・・
短い区間でもいいから当時の線路がそのまま残っていたほうが良かったのでは??
短い区間でもいいから当時の線路がそのまま残っていたほうが良かったのでは??
明らかに現役時代のものではない構造物があった。
色こそ違うがまるでプラレールの鉄橋だな・・・
色こそ違うがまるでプラレールの鉄橋だな・・・
実際、堀でも何でもない地形の場所だ。
一応橋の構造としてはポニートラスのハウトラス、中央部のみダブルトラスをイメージしているようだが・・・
やっぱり遊歩道化プロジェクトには鉄道マニアは入っていなかったと強く思う。
一応橋の構造としてはポニートラスのハウトラス、中央部のみダブルトラスをイメージしているようだが・・・
やっぱり遊歩道化プロジェクトには鉄道マニアは入っていなかったと強く思う。
線路模様の遊歩道は終わるようだ。
現在地はここ
このあたりからしばらくは痕跡が一番乏しい感じになる。
現在地はここ
なので、一気に場所が飛ぶ。
ここ、道路が廃線跡・・・ではなく、どうも左の民家のラインが廃線跡になるようだ。
80mくらい進んだ。
印刷会社の建物が何かつぎはぎのような模様になっている。
線路跡は建物の手前のラインになるようだ。
印刷会社の建物が何かつぎはぎのような模様になっている。
線路跡は建物の手前のラインになるようだ。
壁の左が線路跡になるはずだが、何も見えない。
ところでこの右側の家、何かの実験中か??
この狭い道が線路跡か??
現在地はここ
狭い道の先は、ゴール地点になる。
味の素フィールド西が丘だ。
ここにかつては兵器や火薬が大量に保管されていたと考えてみる・・・
ここにかつては兵器や火薬が大量に保管されていたと考えてみる・・・
が、正直、あまり想像がつかなかった・・・
(おわり)