【14年7月6日探索・8月1日公開】
現在地はこの辺
橋があった。名称不明だが、この先に屋敷4号橋が架かっていた事から、屋敷3号橋かもしれない。
ただそうなると、昨日の記事で「屋敷1号橋」だろうと述べた橋は順番からするとその名が怪しくなる。あるいは小規模の橋には名称なしの箇所があるのだろうか?
ただそうなると、昨日の記事で「屋敷1号橋」だろうと述べた橋は順番からするとその名が怪しくなる。あるいは小規模の橋には名称なしの箇所があるのだろうか?
路面は簡易舗装に変わった。
そしてそれを補修するものだから、かなり怪しげな状態になっていた。
そしてそれを補修するものだから、かなり怪しげな状態になっていた。
現在地はここ
そんな場所から左に目を移すと、明らかに道があった。
分岐を過ぎてから振り返ると、やはり道で間違いなかった。
ただこの道、どの地図にも、縮尺を拡大しても、描かれてはいない。
ただこの道、どの地図にも、縮尺を拡大しても、描かれてはいない。
冬場なら少し脇道にそれても良かったが、既にイラクサらしき草が生い茂っていたので、やめた。
私が進むのは県道だ。
通行止めのため、車が来ないのはいいのだが、道幅も狭くて「セルフいろは坂」ルートがうまくつくれない。
まあどの道、乗車していないので淡々と進むだけなのだが・・・
通行止めのため、車が来ないのはいいのだが、道幅も狭くて「セルフいろは坂」ルートがうまくつくれない。
まあどの道、乗車していないので淡々と進むだけなのだが・・・
県道44号ヘキサがあった。
その先、右側に何か石碑が建っていた。
昭和40年11月の屋敷道開設の石碑だった。
それまでは山道しかなかったのか??
それまでは山道しかなかったのか??
荒船風穴まで800mの看板が建っていた。
私の目的地は風穴ではないが、風穴から先が自動車通行不能らしいので、この看板は私なりの意味があったのだ。
私の目的地は風穴ではないが、風穴から先が自動車通行不能らしいので、この看板は私なりの意味があったのだ。
現在地はここ
屋敷集落が姿を現した。
一番奥の集落という事になろうか。
一番奥の集落という事になろうか。
(その3へつづく)