【18年5月12日探索・10月16日公開】
現在地はここ
神奈川県横浜市神奈川区子安通 国道15号線の脇道だ。
ここからある場所へ向かっていたんだが、何だか国道側の石垣がイイ感じだ。
ここからある場所へ向かっていたんだが、何だか国道側の石垣がイイ感じだ。
そしてその先に架かる橋を見つけた。
短い橋だが、リベット多数の一目でわかる年代物。
親柱には昭和二年五月 復興局建造の文字が見て取れた。震災復興橋だ!!
短い橋だが、リベット多数の一目でわかる年代物。
親柱には昭和二年五月 復興局建造の文字が見て取れた。震災復興橋だ!!
ノーマークだったが、テンションが上がった。
この階段も同年代という事になるんだろう。
この階段も同年代という事になるんだろう。
階段を上り国道15号線側に出た。
橋の名は現地ではわからなかったが、入江川に架かる入江橋であるようだ。
橋の名は現地ではわからなかったが、入江川に架かる入江橋であるようだ。
国道15号線は歩道も含めると幅が27mあるそうだ。
昭和2年にそんな広い橋をよく架けたと思う。
昭和2年にそんな広い橋をよく架けたと思う。
本来向かおうとした道に戻る。
ここで入江橋のサイドビューをもう一度。
京浜急行、京浜東北線、東海道線、横須賀線のガードをくぐる。
ガードの名は子安川ガードだ。
ガードの名は子安川ガードだ。
現在地はここ
ガードを抜けた。
振り返り、銘板を探したが見当たらなかった。この区間の開通は明治5年(1872)だが、まさかその時代のものではなかろう。
振り返り、銘板を探したが見当たらなかった。この区間の開通は明治5年(1872)だが、まさかその時代のものではなかろう。
ガードのすぐ脇には謎の橋が架かっていた。
そんなに古い橋ではないようだが、これを渡ってもその先には何もない。
未成橋かとも思ったが、マンションは新しいようで、何かの計画の遂行が止まっているようにも見えなかった。
帰宅後、航空写真で確認してみたら、マンションになる前は駐車場であったように見えた(1988年と2007年の写真で確認)。つまり、役目を終えた廃橋という事になる。
ところで、橋の右側に建つ謎の柱は何だろう?
そんなに古い橋ではないようだが、これを渡ってもその先には何もない。
未成橋かとも思ったが、マンションは新しいようで、何かの計画の遂行が止まっているようにも見えなかった。
帰宅後、航空写真で確認してみたら、マンションになる前は駐車場であったように見えた(1988年と2007年の写真で確認)。つまり、役目を終えた廃橋という事になる。
ところで、橋の右側に建つ謎の柱は何だろう?
そんな無念の橋だが、あまり特徴もないので、きっと誰もスポットライトを当てたりしないだろう。
なので、ささやかな労いの気持ちを込め、記事中に組み込もう。
なので、ささやかな労いの気持ちを込め、記事中に組み込もう。
(後編につづく)