【17年12月2日探索・18年4月1日公開】
現在地はここ
本日からの連載は「奥多摩むかし道」だ。
奥多摩むかし道とは江戸時代から昭和20年代くらいまでの街道、今の国道411号線の旧道にあたる道で、現在はハイキングコースとして整備されている。
奥多摩むかし道とは江戸時代から昭和20年代くらいまでの街道、今の国道411号線の旧道にあたる道で、現在はハイキングコースとして整備されている。
そんな普通のハイキングコースで、ついにネタ切れか?と思われそうだが、そこはマニアックな視点でお送りするのでご覧あれ。
早速、30mほど先を左折する。
右は羽黒三田神社の参道、正面の急坂は羽黒坂と呼ばれる。
明治32年に馬や荷車が通れるよう道路は改良されたそうだが、実測29%もあった勾配は馬や荷車にはキツすぎたと思う。
明治32年に馬や荷車が通れるよう道路は改良されたそうだが、実測29%もあった勾配は馬や荷車にはキツすぎたと思う。
明治の姿に近づいた。ただ、右の石垣はもっと後の時代のものと思われる。
現在地はここ
私は矢印の方向からやってきた。
ちょうどここは旧・東京都小河内線の踏切があった場所になる。
ちょうどここは旧・東京都小河内線の踏切があった場所になる。
旧・小河内線のこの場所の記事はここをクリック
踏切跡を横切り、先に進もう。
あ、この左側の橋梁って、かなり怖い状態だったな・・・
このあたりの路面だが、歩行者道だが舗装されていた。
廃線の方は氷川第3橋梁で直接的に通過するが、むかし道はこの場所から谷を迂回する。
谷を小さな橋で迂回して・・・
現在地はここ
この構造物は以前下から見て覚えていた。
つうか、場所がら、もうそれしかないのだが・・・
つうか、場所がら、もうそれしかないのだが・・・
下を見た。
廃線跡の線路がよく見えた。
廃線跡の線路がよく見えた。
廃線の記事はここをクリック
その先、上から車道らしき道が合流するようだ。
(その2へつづく)