【17年5月4日探索・6月24日公開】
現在地はこの辺
親不知橋旧道の途中だ。カーブミラーでも取り付けられていたのだろう支柱を横目に見ながら進んでいく。
約50m先に現道との合流地点が見えてきた。
矢印をつけるのを忘れてしまったが、この右の方に落ちていたのは・・・
矢印をつけるのを忘れてしまったが、この右の方に落ちていたのは・・・
左カーブありの標識が落ちていた。
現道に出た。
するともう次の橋が見えていた。
するともう次の橋が見えていた。
曙橋、平成9年(1997)11月竣工のラーメン橋だ。
そして、今度もまたそれに対応している旧道があった。
そして、今度もまたそれに対応している旧道があった。
旧道つまりは林鉄跡は、大きな崩れはないものの全体的に山側が崩れている。
谷の突端部には橋が架かっていた。
橋の全景はこんな感じだ。
橋の情報は、ガードレールにプレートが取り付けられているパターンだった。
2枚は完全に失われていたが、残存していたうちの1枚には「富岡営林署」の文字があった。
木戸川森林鉄道は廃止後木戸川林道になったようなので、その時点での橋なのだろう。橋の形状も林鉄のものには見えないし。
2枚は完全に失われていたが、残存していたうちの1枚には「富岡営林署」の文字があった。
木戸川森林鉄道は廃止後木戸川林道になったようなので、その時点での橋なのだろう。橋の形状も林鉄のものには見えないし。
その反対側に残っていたのは「いつつわはし」のプレートだった。この橋の名なのだろう。現道の橋とは名前が違う。また、漢字はどのような字だろうか。五輪橋??
その先に標識が建っていた。
退避地点100m先の標識があったので、その標識の先で振り返った。先ほどの橋との位置関係はこんな感じだ。
その先にも何か逆三角形の標識が建っていた。
ちなみに、少し先のほうの黄色っぽいのは「保安林」の看板だ。
ちなみに、少し先のほうの黄色っぽいのは「保安林」の看板だ。
逆三角形という時点で限られてはいたが、やはり徐行標識だった。
そんな区間の転落防止柵の支柱は古レールだった。
どうも9kgレールであるようなので、木戸川森林鉄道のものが流用されたのかどうかは不明だった。
どうも9kgレールであるようなので、木戸川森林鉄道のものが流用されたのかどうかは不明だった。
現道との合流地点が見えてきた。
現道に出た。
現在時刻は8時40分、県道250号線に入ってから1時間以上が経つが、そう言えば人も見ていないし1台も車も見ていないな・・・
現在時刻は8時40分、県道250号線に入ってから1時間以上が経つが、そう言えば人も見ていないし1台も車も見ていないな・・・
(その6へつづく)