【16年10月30日探索・17年3月10日公開】
現在地はここ
道路が分岐する地点はちょっとしたギャラリーになっていた。
写真はそれなりに年季が入っているようだったが、地域がちゃんと愛されている事を示している、ちょっとイイ想定外だった。
写真はそれなりに年季が入っているようだったが、地域がちゃんと愛されている事を示している、ちょっとイイ想定外だった。
10mほど進んで振り返った。
私はここまで右側の道を上ってきた。左側の道には後ほど行ってみるとして、ひとまずはこの手前の道を終点まで行ってみよう。
私はここまで右側の道を上ってきた。左側の道には後ほど行ってみるとして、ひとまずはこの手前の道を終点まで行ってみよう。
この地点の道案内はこんな感じだ。
小澤バス停からやって来た私はひとまず夫婦の滝方向へと進む。
小澤バス停からやって来た私はひとまず夫婦の滝方向へと進む。
では参ろうか。
いきなり、だが、ガードレールがない。その代わりにはこんな車止めのような構造物が続いている。
いきなり、だが、ガードレールがない。その代わりにはこんな車止めのような構造物が続いている。
何軒かの家屋がある。
生活感が薄いので、あるいは誰も住んでいない??
生活感が薄いので、あるいは誰も住んでいない??
矢印を付け忘れたが、右側に何かがあった。
石碑、というか、それは百番供養塔と刻まれていた。西国三十三箇所、坂東三十三箇所、秩父三十四箇所を巡礼した人が記念碑的な意味あいで建立したものだそうだ。
ちなみに、建立は文化十●●●と読み取れ、文化年間(1804~1818年)の建立であろう事がわかった。
ちなみに、建立は文化十●●●と読み取れ、文化年間(1804~1818年)の建立であろう事がわかった。
さらに、ガードレールのない道を進んでいく。
急に道が広くなってきた。
現在地はここ
この区間の終点が見えてきた。
夫婦の滝までここから1kmあるようだ。
この日はここだけが目的地ではなかったので、ここで撤収する。
この日はここだけが目的地ではなかったので、ここで撤収する。
その、車道ではない道(二輪車は通行できるかも)は急坂で一応先に延びていた。
(その3へつづく)