【13年11月3日探索・12月5日公開】
現在地はたぶんここ
橋が現れた。
昭和42年3月竣工・中小屋橋、造りは桁橋のようだ。
昭和42年3月竣工・中小屋橋、造りは桁橋のようだ。
私が持っている昭和51年修正版地形図「秦野」には、犬越路トンネルを抜けた場所からのおよそ1.5kmほどが工事中という進捗で、この林道のほかの区間は完成しているように描かれていた。
実際、どのような順番で工事が進んだのかは気になっていた。
ガードレールが変形していた。
が、この変形は車がぶつかったというものではない。
普通に考えれば落石という事になるが、これだけの衝撃を与えるだけの大きさの石が右側の擁壁の上から道路を越え飛んできたという事になる。
真相は??
が、この変形は車がぶつかったというものではない。
普通に考えれば落石という事になるが、これだけの衝撃を与えるだけの大きさの石が右側の擁壁の上から道路を越え飛んできたという事になる。
真相は??
かなり標高が上ってきた。
探索時にはこのあたりまで来てようやく紅葉が綺麗になっていた。
探索時にはこのあたりまで来てようやく紅葉が綺麗になっていた。
また橋が架かっていた。
昭和43年3月竣工のラーメン橋だという事はわかった。
名称はおそらく用木沢橋だろうと思う。
昭和43年3月竣工のラーメン橋だという事はわかった。
名称はおそらく用木沢橋だろうと思う。
その根拠はこの沢の名称が用木沢だと、砂防ダムの銘版に書かれてあったからだった。
林道の幅員よりも橋上の方が広かった。
建設当時、この道を県道指定するつもりだったのではないだろうか?
建設当時、この道を県道指定するつもりだったのではないだろうか?
一応車1台は通過可能だが、崩落箇所も何ヶ所かあった。
赤い桁橋が架かっていたが、その情報は何もなかった。
その先に架かる橋からも情報は得られなかった。
ここも5mは優に超える復員が確保されていた。
正確に測ればよかったな・・・
正確に測ればよかったな・・・
林道入口から52分、やっと犬越路トンネルが見えてきた。
(その7へつづく)