【17年4月23日探索・12月19日公開】
現在地はここ
神奈川県逗子市沼間 地図を見ていて気になった橋があったので、それを見に来たのだが、その手前の場所でもまた特筆モノが・・・
そこにあったのは横須賀市の境界柱だった。
この場所から東南東約500mの場所には明確な横須賀水道道路があるので、ここも横須賀市の水道管がある場所と考えるのが妥当だろう。
この場所から東南東約500mの場所には明確な横須賀水道道路があるので、ここも横須賀市の水道管がある場所と考えるのが妥当だろう。
その先、JR横須賀線が川を跨ぐ橋があるのだが・・・
その線路の橋の下には、さらに人が通れる橋が架かっていた。
ちなみに、下の水路は田越川という。
ちなみに、下の水路は田越川という。
では、その橋を利用しようと思う。
橋台はレンガ造りだった。
この区間は明治22年(1889)に開業しているが、その時のものであろうか。
この区間は明治22年(1889)に開業しているが、その時のものであろうか。
上り線側もレンガ造りだった。
横須賀線は逗子~沼間信号所間が大正3年(1914)に、沼間信号所~田浦間が大正9年(1920)に複線化している。そして沼間信号所の位置は東逗子駅から1.5kmの場所らしい(現在の横浜横須賀道路付近)ので、新しい方のレンガも大正3年のものという事になろうか。
横須賀線は逗子~沼間信号所間が大正3年(1914)に、沼間信号所~田浦間が大正9年(1920)に複線化している。そして沼間信号所の位置は東逗子駅から1.5kmの場所らしい(現在の横浜横須賀道路付近)ので、新しい方のレンガも大正3年のものという事になろうか。
それにしても後付け感が半端ない。
この橋はいつできたのだろうか?
航空写真で確認した限り、昭和38年(1963)から昭和46年(1971)の間に架けられていた事になる。
この橋はいつできたのだろうか?
航空写真で確認した限り、昭和38年(1963)から昭和46年(1971)の間に架けられていた事になる。
反対側の入口だ。
こんな人道橋だがその通行量は少なくなく、人が写らない画像を撮影するのは少しばかり大変だった。
こんな人道橋だがその通行量は少なくなく、人が写らない画像を撮影するのは少しばかり大変だった。
現在地はここ
もう少し引いた場所から見てみた。
私が通ってきた橋を含め、この場所は「変則5差路」になっている。
その中央付近なのだが・・・
私が通ってきた橋を含め、この場所は「変則5差路」になっている。
その中央付近なのだが・・・
住宅街の真ん中なのだが、どことなく廃のオーラがあった。
(おわり)