【16年8月21日探索・10月4日公開】
左側、1972年~1982年の地図上に存在する集落名「墓村」に目が留まった(注:現在の地理院地図でも集落名は描かれている)。
どのような場所なのだろうか?気になった。これは行ってみるしかない。
どのような場所なのだろうか?気になった。これは行ってみるしかない。
現在地はここ
で、ここ、県道33号上野原あきる野線の用竹バス停のところを左折する。
で、続けて80mくらい先を160度くらいの鋭角で左折するのだが、その交差点にあったのが・・・
おそらくは現道が出来る前のバス停がここにあったのだろう。その待合所の名残があった。
で、その周辺には、熊出没注意やら打ち捨てられた標識があったりと、なかなか味がある。
で、その周辺には、熊出没注意やら打ち捨てられた標識があったりと、なかなか味がある。
では超鋭角カーブを登っていこう。
ふーがという看板が1枚前の画像にあったが、どうもこのパン屋のようだ。
さらに道を登っていく。
現役の木製街灯柱があった。
白熱球の電灯だったらもっと風情があるが、そこは贅沢というものか。
白熱球の電灯だったらもっと風情があるが、そこは贅沢というものか。
簡易舗装の道路を進んでいく。ちなみに、これでも上野原市道である。
現在地はここ
左側、駒止になった。
おそらくは昭和30年代以前には既に車道であった道路なのだろう。
おそらくは昭和30年代以前には既に車道であった道路なのだろう。
少し離れているが、矢印の場所に道標がある。
その道標には私の目的地である集落「墓村」の名前が書かれていた。
その先、熊出没注意看板2枚目、左側は崖だがガードレールは設置されていなかった。
用竹集落と今野集落の間の道、ちょうど家屋がない場所だ。
(中編につづく)